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津地方裁判所 昭和41年(レ)5号 判決 1966年9月22日

控訴人 伊藤利治

被控訴人 近藤清一郎

主文

原判決を取消す。

本件を桑名簡易裁判所に差戻す。

事実

控訴代理人らは、「原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し桑名市大字矢田字城山二七八番宅地五坪及び同所二七五番の一宅地一〇坪につき所有権移転登記手続をせよ、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

控訴人の事実上の主張及び証拠の提出、援用は次に付加する外原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。(但し原判決中請求の原因四の「被告は実在しない人物であつて住所が不明なものではない」との部分を除外する。)

甲第一号証及び同第二号証によると被控訴人は自己のために本件不動産につき保存登記をなしていることは明らかでそのことからしても被控訴人は実在していたが所在不明になつているに過ぎない。原審第五回口頭弁論調書には「被告は始めから存在しない人間で行方不明になつたものではない」と記載されているのは控訴人の主張が誤記されたものである。

被控訴人は公示送達による呼出を受けたが原審および当審における口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しない。

理由

先ず職権を以つて本訴請求の適否につき判断するに、その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一号証、同第二号証及び本件記録編綴の桑名市長回答書、桑名警察署長の回答書、桑名市役所の照会回答書、川治三郎作成の証明書、近藤作成の回答書、津地方法務局桑名出張所に対する電話聴取書、同所の照会回答書並びに原審における控訴人本人尋問の結果を綜合すると、

本件土地の登記簿は昭和二〇年七月一七日戦災により焼失したので法務大臣は不動産登記法第二三条により回復登記の申請期間を昭和二〇年一〇月一日より同二二年三月三一日までとしたこと、本件土地についてはいずれも津地方法務局桑名出張所昭和二二年三月三一日受付第三五八六号をもつて桑名市大字矢田一三四番屋敷近藤清一郎名義で回復登記がなされておるところ、その当時右登記申請に際しては申請人の印鑑証明書、住民票は添附の必要がなく、右回復登記の申請書並びに添附書類は廃棄されて現存しないこと、本件不動産登記簿に記されている住所に「近藤清一郎」の本籍、寄留、住民登録の事実はなく同地に「近藤清一郎」は居住していたことはないこと、本件不動産登記簿に記されている住所には「近藤清太郎」が居住していたが同人の弟清六はその子である「近藤清一」をつれて桑名市矢田三五一番地に分家し、大正一一年七月二八日右「近藤清一」が清六の死亡により家督相続をしたが、同人も昭和三六年一一月二一日死亡していること、右近藤清太郎、清六ないし清一が右近藤清一郎の名義を冒用して右回復登記をなした形跡は存しないこと以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで民事訴訟において当事者の実在は訴訟要件の一として裁判所は職権をもつてこれを調査し、当事者が実在しない場合には訴を不適法として却下すべきことはいうまでもないが、これを本件についてみるに右認定事実からすれば本件不動産登記簿に記されている住所に「近藤清一郎」なる人物は実在しないけれども本件土地につき回復登記が適法になされている以上、「近藤清一郎」名義をもつて右登記申請をなした者が実在したことは明白であつて、控訴人としては本件不動産登記簿上の所有権者として表示されている「近藤清一郎」なる名義を使用したものを被告として本訴を堤起していると解するのが相当であるから被控訴人が虚無人であるということは到底できないから、この点において訴訟要件に欠けるところはなく、そして右自称近藤清一郎、言いかえれば近藤清一郎こと某はその住所その他送達場所が不明であるから原審ならびに当審における公示送達は、いずれも適法で有効であるというべきである。

そうだとすると控訴人の本訴請求は適法であるのでこれを不適法として却下した原判決は取消を免れない。

よつて民事訴訟法第三八六条、第三八八条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 松本武 杉山忠雄 青山高一)

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